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徳島地方裁判所 平成7年(ワ)54号 判決 1995年12月07日

原告 和田鈴枝

被告 国

代理人 小坂守 島田功 近藤康文 ほか四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四三六万六一八八円及びこれに対する訴訟送達の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  大塚嘉秋は、昭和五四年九月一九日、穴吹郵便局において、被告(郵政省簡易保険局長)との間に、左記内容の保険契約を締結し(以下「本件保険契約」という。)、以後継続して保険料の支払をしてきた。

(一) 保険金 三〇〇万円(特約保険金額も同額)

(二) 保険料 二万一三〇〇円(特約保険料二一〇〇円)

(三) 保険契約者 大塚嘉秋

(四) 被保険者 大塚嘉秋

(五) 保険金受取人 大塚嘉秋

(六) 疾病傷害特約付一五年満期養老保険

2  大塚嘉秋(以下「嘉秋」という。)は平成六年一月二五日死亡し、原告が同人の本件保険金請求権の遺贈を受けた。

なお、本件のように、自己のためにする保険契約の場合(保険契約者が自己を被保険者兼保険金受取人として保険契約を締結した場合)に、保険契約者が死亡したときは、簡易生命保険法(以下「法」という。)五五条一項括弧書きの適用はなく、これにより発生する保険金請求権は、その者の相続財産となり、保険契約者がこれを遺贈している場合は、遺贈を受けた者が保険金請求権を取得するものと解すべきである。このように解すべきことは、以下の理由から明らかである。

(一) 自己のためにする保険契約の場合、保険金受取人は保険契約者と指定されているから、保険契約者の死亡により、生命保険金請求権は死亡した保険契約者の相続財産を構成する。したがって、保険契約者は、予めこれを遺贈することも可能である。また、保険契約者兼保険金受取人が死亡すれば、更に保険金受取人を指定することができないことは自明のことであるから、このような場合に法五五条一項括弧書き(「保険契約者の指定した保険金受取人が死亡し更に保険金受取人を指定しない場合を含む」)の適用があるとすることはおかしい。

(二) 保険契約者が保険金受取人を自己と指定するのは、自らの保険金請求権を、遺族ではなく、将来自分が自由に処分したいと考えてのことであるから、このような場合は、保険契約者の最終意思を尊重して、法五五条一項の適用がないものと解するのが妥当である。

(三) 法は、本件のような養老保険の場合にも保険契約者を保険金受取人とする契約類型を認めているが(二九条一項、六一条)、本件のような場合に法五五条一項の適用があるとすると、このような契約類型を認めた意味がなくなり、矛盾する。

3  現在の本件保険金請求権の内容は、保険金三〇〇万円、平成四年度積立配当金六四万六三七三円、平成五年度積立配当金七一万九八一五円(合計四三六万六一八八円)である。

4  よって、原告は、被告に対し、本件保険金請求権に基づき、右合計金四三六万六一八八円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、原告が保険契約締結日と主張している昭和五四年九月一九日は、簡易生命保険の保険証書作成日であり、本件保険契約の効力発生日は昭和五四年九月一四日である。

2  同2の事実のうち、嘉秋が平成六年一月二五日死亡したことは認め、その余は争う。仮に嘉秋が原告主張のとおりの遺贈をしたとしても、本件のような自己のためにする保険契約の場合、保険契約者が死亡すると、法五五条一項括弧書きが適用され、保険金受取人は遺族とされるから、右遺贈は無効である。

3  同3は争う。本件保険契約にかかる保険金等は、既に保険金受取人に対して支払済みのため、本件保険金請求権は既に消滅している。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は、保険契約の締結日を除いて当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、保険契約の締結日は、昭和五四年九月一四日であると認められる。

二  嘉秋が平成六年一月二五日死亡したことは当事者間に争いがなく、原告は、嘉秋から本件保険金請求権の遺贈を受けたと主張するので、この点についてまず判断する。

1  本件は、簡易生命保険契約であり、その内容は、法及び簡易生命保険約款の定めによって決せられる。しかして法五五条は、本件のような簡易生命保険の被保険者の死亡により保険金を支払う場合において、「保険契約者が保険金受取人を指定しないとき(保険契約者の指定した保険金受取人が死亡し更に保険金受取人を指定しない場合を含む。)は、次の者を保険金受取人とする」として(一項)、保険金受取人は被保険者の遺族となると定め(二号)、被保険者の遺族は、「被保険者の配偶者(届出がなくとも事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹並びに被保険者の死亡当時被保険者の扶助によって生計を維持していた者及び被保険者の生計を維持していた者とする」とし(二項)、このような遺族が数人ある場合は、「先順位にある者を保険金受取人とする」と定めている(五項)。これは、簡易生命保険が被保険者の生活の安定又は被保険者の死後における遺族の生活の安定を目的として利用されることが一般的であることから、被保険者の死亡により保険金を支払う場合に保険契約者が保険金受取人を指定しないときは、被保険者の遺族が保険金受取人になるとし、これには保険契約者が指定した保険金受取人が死亡し、更に保険金受取人を指定しない場合を含むとして、遺族主義を徹底したものと解される。そして、この規定が、「終身保険、定期保険、養老保険又は財形貯蓄保険の保険契約(特約に係る部分を除く。)においては」として、適用の場合を特に限定していないことを併せ勘案すれば、この規定は、他人のためにする保険契約の場合であろうと、自己のためにする保険契約の場合であろうと等しく適用があると解するのが相当である。したがって、本件のように、保険金受取人が保険契約者兼被保険者である自己のためにする保険契約の場合に、保険契約者兼保険金受取人が死亡すれば、保険金受取人は無指定の状態になったのであるから、正に法五五条一項括弧書きの場合に該当し、同項の規定により、被保険者の遺族が保険金受取人になるものというべきである。

本件の場合、保険契約者兼保険金受取人の嘉秋が死亡したことは当事者間に争いがなく、また、弁論の全趣旨によれば、原告は被保険者の遺族ではないと認められるから、仮に原告の主張するような遺贈があったとしても、嘉秋の遺族ではない原告に、本件保険金請求権があるものとすることはできない。

2  原告は、本件のように、自己のためにする保険契約の場合、保険契約者の死亡により保険金請求権は当然に同人の相続財産を構成することになり、また、保険金受取人が死亡すれば、更に保険金受取人を指定することができないから、法五五条一項の適用はない旨主張する。しかし、簡易生命保険の内容は、あくまで法及び簡易生命保険約款の定めによって決せられるのであり、これによれば、前示のとおり、自己のためにする保険契約の場合であっても、法五五条一項括弧書きの適用はあると解されるのであって、この理は、保険金受取人が死亡すれば更に保険金受取人を指定することはできないとの理由で否定し去るものではないというべきであるから、原告の主張は採用することができない。

また、原告は、本件のように、保険契約者が自らを被保険者兼保険金受取人と指定した場合は、自らの保険金請求権について、遺族ではなく、将来自分が自由に処分したいと考えてのことであるから、このような保険契約者の最終意思を尊重して、法五五条一項の適用はないと解すべきであると主張する。しかし、保険契約者が自らを被保険者兼保険金受取人と指定するのは、通常は保険期間の満了時に保険契約者自身がなお生存していることを前提として、自らが保険金を受け取ろうとしてのことであると考えられ、それ以上にこれを遺族ではなく、将来自分が自由に処分しようとしてのことであるとは考えられないから、そのような場合に、法五五条一項の適用があると解しても、格別不自然とはいえない。

さらに、原告は、法は、本件のような養老保険の場合にも保険契約者を保険金受取人とする契約類型を認めているのであるから(二九条一項、六一条)、本件のような場合に法五五条一項の適用があるとすると、このような契約類型を認めた意味がなくなり矛盾する旨主張する。しかし、養老保険は、法一一条に規定しているとおり、死亡保険金のほか満期保険金及び生存保険金の支払をするものであり、保険契約者が自己を保険金受取人に指定した場合には、死亡保険金は法五五条一項により被保険者の遺族に支払うことを定めた契約として取り扱われる点で、保険金受取人を指定しない場合と同様に取り扱われることになるが、満期保険金及び生存保険金については、保険契約者は自己を保険金受取人に指定した場合には、保険金は保険金受取人すなわち保険契約者に支払われることになるのであるから、自己を保険金受取人に指定した場合と保険金受取人を指定しなかった場合とでは、その法的効果は異なるのであり、自己のためにする保険契約に法五五条一項を適用したとしても、原告の主張するような矛盾が生ずるものとはいえない。

したがって、原告の主張はいずれも採用することができない。

三  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤壽邦)

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